執筆者
KPMG税理士法人
国際事業アドバイザリー
シニアマネジャー 森 雅史
マネジャー 梶野 公彦
Ⅰ. 移転価格ポリシーとは
Ⅱ. ビジネスモデル・収益性等と移転価格ポリシーの関係
Ⅲ. 移転価格ポリシーの策定におけるポイント
Ⅳ. おわりに
1986年に日本において移転価格税制が導入されましたが、近年グローバルに事業を展開する企業においては移転価格リスク対応として、移転価格ポリシーの構築、移転価格文書の作成、ならびに積極的なAPAの活用などを進めていることかと想定しています。移転ポリシーについてはビジネスの特徴に即して、また、事業全体の収益性等を加味して策定されるべきものですが、ビジネスモデルによってはその策定に工夫が必要な場合や、また、事業実態や収益性については変化していくことが通常であることから、税務リスク低減のためには、移転価格ポリシーの定期的なチェックや見直しが必要な場合もあります。
本稿においては、主にビジネスモデルや収益性と移転価格設計の関連性や想定される移転価格の対応方針について、経理部/税務部の方々のみならず、事業部門の方々にもご理解いただきたい内容について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
国外関連者間※1における取引価格が、移転価格税制上、適切な対価(独立企業間価格)となるように、事前に取引価格の設定方針を示したものが移転価格ポリシーと言われるものです。移転価格税制が日本に導入されて30年以上経過しており、グローバルに事業を展開する企業においては、既に社内において移転価格ポリシーを策定されているケースが大半であると想定しています。なお、稀に移転価格ポリシーが「移転価格文書」と誤解されることがありますが、「移転価格文書」とは、取引の事後において、当該取引の実際の対価が移転価格税制上問題がないことを示すことを目的としたもの(すなわち、「取引にかかわる過去の実績値」を用いた検証に主眼を置いたもの)であり、「現在、もしくは将来の取引対価の設定方針」を示すことを目的としている移転価格ポリシーとは趣旨が異なるものです。
移転価格ポリシーについては、必ずしも移転価格文書上の検証方法と整合している必要はないですが、移転価格ポリシーに基づいて国外関連者間の取引価格の設定・運用を行っていれば、取引の実績としても移転価格税制上問題がない結果となることが望ましいと言えます(たとえば、移転価格文書における取引対価の妥当性の検証方法として取引単位営業利益法(TNMM)を採用している一方、実際の対価設定方針は取引全体の利益をシェアするような形式を採用していた場合には、対価設定方針と移転価格の検証方法が整合していないこととなります)。したがって、移転価格ポリシーは移転価格の検証方法と整合性が取れるように策定することが望ましいと考えられます。また、検証方法の考え方や、移転価格上適正と考えられる結果自体についても、ビジネス全体の収益性の変動やその理由によっても変わる可能性もあるため、移転価格ポリシーについても、現行の事業実態に即しているか、定期的に見直しを行うことが望ましいと考えられます。
※1 本邦において国外関連者とは、外国法人であり、内国法人との間に、持株関係、実質的支配関係などがあるものを言い、一般的には「親子関係」や「兄弟関係」である外国法人のことを言う。なお、国外関連者との間の取引対価については税制上適切となることが求められる。
前述のとおり、移転価格ポリシーについては移転価格の検証方法と整合性が取れるように策定することが望ましいと考えられますが、ビジネスモデルによっては整合性を確保して移転価格ポリシーの策定を行うことが難しいケースや、ビジネス自体の収益性にかかわる変動やその理由に応じて、定期的な見直しが必要となるケースもあります。
自動車メーカー側におけるグローバル車種にかかわる開発活動については、(特に、日系自動車メーカーの場合は)本社がある日本国内にて行われるため、自動車部品サプライヤー側における受注対応や、製品のスペックイン活動についても国内にて実施されることが一般的かと想定しています。なお、メーカー側におけるグローバル車種の開発後、海外市場向けの車両の生産活動については自動車メーカー側の各海外拠点にて行われることも多いため、特にTier 1の自動車部品サプライヤーもそれぞれの海外拠点(国外関連者)にて自動車部品を生産し、メーカー側の各海外拠点へ直接納入するケースが大半かと想定しています。
このような場合、自動車部品サプライヤーについては、本社から国外関連者である各海外生産拠点に対して製品図面や工程設計図等の無形資産を供与することが想定されます。また、国外関連者側では、自動車部品の生産に必要となる部材等を、一部日本本社からの仕入れはあるものの、コストなどの兼ね合いから大半は地場の調達先より直接購入することが想定されます。
受注等の営業活動や、製品にかかわるスペックイン、ならびに生産技術等にかかわる開発活動が実質的に日本本社にて行われており、国外関連者側では単純な製品製造と現地顧客への納入がメインであるというビジネスの場合、各国税務当局は、国外関連者側の営業利益率が一定の利益水準となっていることを以って、移転価格(上記の場合、ロイヤルティ料率や日本本社から国外関連者への部材等の供給価格)の妥当性を検証する方法として、取引単位営業利益率(以下「TNMM」という)の適用を検討することが考えられます(図表1参照)。
上記のケースの場合、移転価格ポリシーの策定対象としては、主に設定するロイヤルティ料率になるかと想定しています。各海外拠点に供与している無形資産については基本的には同様のものであることから、ロイヤルティ料率についてグローバルに一律の料率を設定する場合、収益性等の兼ね合いから、拠点によっては赤字となってしまう可能性もあります。また、前述のとおり、海外拠点側の製品納入にかかわる受注についても、実質的に日本本社にて行われますが、仮に新規自動車メーカーへの納入実績の獲得のため、採算性を度外視した納入価格にて受注(すなわち、将来的なビジネス獲得のための先行投資としての受注)を行った場合、国外関連者が生産した部品については直接自動車メーカーの各海外拠点に販売されるというビジネスモデル上、当該国外関連者が実質的に当該先行投資としての赤字を負担してしまう可能性もあると考えられます。
なお、移転価格の検証方法としてのTNMMの考え方に基づいて、損益状況に応じて拠点別に異なったロイヤルティ料率を設定(もしくは変動ロイヤルティを設定)、もしくは毎期変更した場合、税務当局より拠点ごとに異なるロイヤルティ料率を設定している点や、毎期変更している点について疑問視されることになり、移転価格リスクが増加してしまう(たとえば、国外関連者への利益補填として疑問視される、など)可能性もあります。また、仮に各拠点の営業利益率が一定程度の水準となるようなロイヤルティ料率を設定できたとしても、製品受注状況などにかかわる変化によっては、将来的に特定の拠点が高収益となる場合もあれば、赤字となってくることも想定され、時間の経過とともに潜在的な移転価格リスクが増加する可能性もあります。
なお、相対的な重要性としては低いものの、ロイヤルティ以外の部品供給取引や、その他の役務提供取引(例:調達支援)にかかわる対価設定方針についても、ロイヤルティ取引との兼ね合いのなかで設定する必要もあると考えられます。
医薬品業界においては、一般的に通常の製造業の販社よりも機能面や付随するリスク、さらには事業の収益性が高いものとみなされ、海外税務当局から相当程度の利益を海外販社に付与すべきであるといった見方がされることがあります。しかしながら、医薬品販社といえども一概に括ることができるものではなく、あるべき利益率の水準は大きく異なるものと考えられます。たとえば、以下のような検討ポイントが挙げられます。
事業を継続していくなかで、典型的には製品ポートフォリオの変化が生じた場合、個別製品ごとに移転価格を検討するのか、まとめて見るべきかといった議論や、主力製品のステージが変化した場合にどのように価格を変更していくのかといった議論が生じます。
高収益事業においては、ロイヤルティ料率が高くなりがちであることから、既存の取引価格を見直す運用だけでは課税リスクをコントロールしきれない場合には、グローバルな移転価格運営を円滑かつ効果的に実施するために取引設計の見直しを検討することが望ましい場合もあります。いずれにしても、状況の変化に伴うポリシーの見直しを怠っていた場合、既存の移転価格文書化の枠組みで無理に実績をサポートすることが本質的にあるべき独立企業間価格から乖離していく可能性があることに注意が必要です。
上述の2つの事例はあくまで考え方の例示にすぎませんが、その他の業界やビジネスモデルによっては、移転価格の検証方法と整合性を持った移転価格ポリシーの策定が難しいケースも多くあります。このような場合、単純に設定されるロイヤルティ料率や棚卸資産等の対価設定方針のみに焦点を置いたものではなく、前提となるビジネスの特徴や、ビジネス全体の枠組み・ストーリーを踏まえて移転価格ポリシー文書等を作成し、税務調査に備えて社内の共通認識を持つことが肝要となります。たとえば、拠点ごとに異なるロイヤルティ料率の設定を行わざるを得ない場合は、その背景や合理性、基準となるロイヤルティ料率の算定根拠、ならびに最終的な検証方法についても整理を行うことが望ましいと考えられます。単純な設定方針のみならず、その設定の背景も含めて移転価格ポリシーを検討・策定することにより、移転価格リスクの低減が可能と考えられます。
また、策定された移転価格ポリシーについては、策定当時のビジネスの特徴や、開発費等のコスト、ならびに各拠点の収益性等を前提としたものであることから、仮にこれらの要因に変更があった場合には、策定されたポリシー自体が現在の事業に馴染むものであるのかなど、グループ内における潜在的な移転価格リスクの有無を定期的に確認し、状況によっては見直すことが望ましいと考えられます。なお、ビジネスモデルや収益性以外の要因として、移転価格関連法令の改正状況などもあげられます。現行の移転価格ポリシーが最新の法令と照らし合わせて問題がないか定期的に確認することも重要になってきます。
2000年代において、移転価格税制に基づく大型課税事案が相次ぎ、グローバルに事業を展開する多国籍企業については移転価格文書の整備やAPAの活用などにより、移転価格リスク対策が既に行われているものと思われます。その一方、既に移転価格対応を行ったからと、過去に策定したポリシーをそのまま現在も活用し続け、結果として潜在的な移転価格リスクを抱えてしまっている企業も見受けられます。また、コンプライアンス対応として移転価格文書だけは毎年作成するものの、実際の対価設定方針等については特に検討することもなく、その場しのぎの対応となってしまっているケースもあるかと思います。
移転価格文書については、極論を言えば、あくまでも税務調査のための「お化粧」でしかなく、コンプライアンス対応の一環として移転書価格文書を作成するだけでは本質的な移転価格リスクを低減することは困難です。また、ビジネス全体のプロセスや収益性については、時間の経過とともに変化することが必然であり、移転価格ポリシーについてもこれら変更点等を考慮し、また、定期的なモニタリングを行うことにより、年度末の検証時(文書作成時)には自ずとして独立企業間価格であることを証明できるメカニズムを構築しておくことが最善と言えます。また、ポリシーの見直しを行った場合には、その背景にあるストーリーを考慮したうえで、必要に応じて移転価格文書のアプローチについても見直しをしていくことが肝要となります。
KPMG税理士法人
国際事業アドバイザリー
シニアマネジャー 森 雅史
マネジャー 梶野 公彦