2020年代前半を振り返ると、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)のパンデミックという未曾有の事態から始まり、地政学リスクの激化やAI技術の爆発的進化など社会の前提が根本から覆され、金融サービス業界を取り巻くビジネス環境が大きく変化し続けた激動の数年間だったと言えます。このようななか、従来のフォアキャスティングでの課題解決アプローチでは顧客の期待に応えきれなくなりつつあります。
不確実性が高まり続けるいま、新規事業・サービスや変化への備えとして業態にかかわらず金融サービス業界に求められるアプローチは、産学官民“金”共創でのバックキャスティングです。
本連載では、KPMGの当該アプローチであるFinancial Biotoping(共創型ビジネスモデル検討方法)をベースに、未来洞察と新規事業立案を組み合わせて将来ニーズに応える金融サービス・仕組み等を創出するための視点と考え方を提起します。
第1回にあたる今回は、バックキャスティングで未来を創造することの必要性と金融サービス業界を待ち受ける未来社会の全体感について解説します。
1.金融ビジネスの事業環境
2020年代前半は、金融サービス業界を含む企業経営を取り巻く環境は急激な変化が相次ぎ、VUCA・BANIが常態化した期間だったと言えます。
- 政治面では、COVID-19対策としてのロックダウン・緊急事態宣言や巨額の財政出動が行われ、ウクライナ問題、中東情勢の緊迫化や米中関係の緊張などの地政学上のリスクが続きました。この結果、IMFの「World Economic Outlook2025」では、「グローバリズムの終焉」と「ブロック経済化・経済安全保障」が主要国の戦略テーマとして浮上しています。
- 経済面では、上記パンデミック後の需要回復と供給網の混乱により世界的なインフレが進行しました。また、米欧を中心とした「ゼロ金利時代の終焉」に伴う金利差拡大により、円安が加速しました。原材料高騰による企業のコスト増と、インバウンド需要の増加という二極化は現在も続いており、日経平均株価の歴史的上昇に寄与しているとの見方もあります。
- 社会面でも、上記パンデミックを機にテレワークやオンライン会議が定着し、「職住近接」の必要性が薄れ、地方移住やワーケーションなどの新しい働き方が普及しました。また1947〜1949年生まれの団塊の世代(約800万人)が後期高齢者(75歳)となり始め、高齢化が一段と進行しました※1。一方で、特に2023・2024年は記録的な猛暑に加え、壊滅的な暴風雨や洪水など異常気象が各地で発生し、地球環境の限界に達しつつあることを示す「プラネタリーバウンダリー」の評価結果では、全9領域のうち6領域が上限を超えてしまいました※2。これにより民間企業でもESG投資が広く認識され、環境負荷に配慮した事業開発・運営やライフスタイルへの移行が加速しました。
- 技術面では、上記パンデミックで非対面サービスの需要増により、行政、医療、教育、飲食などあらゆる分野で低/中所得国も含めてデジタル化が10年分と言われる程に加速したとともに、生成AIが急速に社会実装され始め、情報の検索、コンテンツ作成、プログラミング等のあり方が根本的に変わりつつあります。
2.バックキャスティングの必要性
このような環境のなかで、KPMGのコンサルティング現場でも、従来型の基幹システムやソフトウェアに依存した業務が複雑化・老朽化し、経済産業省のレポートにおいて「2025年の崖」と呼ばれる課題が着実に表面化していると感じます。これは、問題解決策の検討に際し、過去のアセットや技術を前提に「いまできること」を積み上げるフォアキャスティング型の発想が、短期的には有効であっても、中長期的な競争力を確保するには限界を迎えつつあることを示唆しています。
国際政治学者であった故ジョセフ・ナイ氏(ハーバード大学特別功労教授)も、不確実性と複雑性が高まる時代には「未来は単線的には予測できず、複数のシナリオを前提に備える必要がある」ということを繰り返し強調していました※3。実際、ハーバードではバックキャスティングをベースとする「戦略的予見(Strategic Foresight)」を実践するための演習プログラムが複数提供され、フォアキャスティングの限界を補完するアプローチとしてその有用性と必要性が認められています。
【ハーバード式「戦略的予見」の概要】
3.KPMGの考える“Financial Biotoping”とは
KPMGでは、これらの知見を踏まえ、金融機関や金融サービス提供者を含む多様な企業が直面し得る未来シナリオ(社会像)を基にバックキャスティングで未来を共創するアプローチを体系化しており、不確実性が高まる今後の事業開発において不可欠な考え方だと捉えています。具体的には、国際機関レポートや学術論文等から政治・経済・社会・技術の動向・予測を抽出し、下記の5つの未来シナリオを仮説として整理したうえで検討を進めています。
- 個人の価値観を尊重し、創造性が発揮される社会
- 公平性が重視され、安定・共栄を志向する社会
- 食・環境・エネルギー面で最適化された生活基盤を備える社会
- 競争により高度に発展した文明を享受した社会
- 持続可能性確保のためコントロールを強化した社会
【5つの未来シナリオ群の概要】
さらに、これらシナリオに紐付く各種検討要素を「人/組織」「都市/建物」「社会」「資源/環境」の4レイヤー構造で整理し、KPMGの「Digital Village(DX・SDGsを主眼とするデザイン思考アプローチ)」などKPMGのアセットを活用し、産学官民金の多様なプレーヤーと共創できる態勢を整えています。
【検討ストラクチャーの概要】
本連載では、これらの未来シナリオのうち複数を取り上げ、それぞれの世界観のもとで求められる新しい金融サービス・仕組みの例を示しながら、共創型ビジネスモデル策定アプローチである “Financial Biotoping” の要諦を解説します。
次回は、「個人の価値観を尊重し、創造性が発揮される社会」に係るアセットと、実際に検討した事業構想案について洞察します。
※1:厚生労働省「我が国の人口について」
※2:Science Advances「Earth beyond six of nine planetary boundaries」
※3:Foreign Affairs「Peering into the Future」
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー/元ハーバード国際問題研究所フェロー 上田 智洋