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      本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。本稿では、米国自動車市場で起きている変化について、販売データの実像と消費者動向手がかりに、政策の多層化が企業の投資判断とサプライチェーン戦略にどのような変化と不確実性を生んでいるのかを整理します。

      経営戦略を縛る政策の多重構造

      米国自動車市場で今起きている現象を、単に「BEVの減速」と表現するのは正確ではありません。問題の本質は、BEVの販売動向そのものよりも、政策の方向転換と市場の二重構造が、企業経営に複雑な歪みを生んでいる点にあります。

      2025年の米国市場では、BEVの販売シェアは前年の7.9%から7.6%へとわずかに低下しました。一方で、HEVは10.1%から12.6%へと着実にシェアを拡大しています。注目すべきは、BEVの販売台数自体は約124万台と前年並みを維持している点にあります。

      つまり、BEVが市場から急速に後退しているわけではありません。市場全体のなかで相対的な成長力を失い、その空白をHEVが埋めつつある、という構図です。消費者の選択肢として、HEVの存在感が確実に高まっていることこそが、現在の米国市場を読み解く鍵といえます。

      【図表1】
      Japanese alt text: 米国自動車市場は「BEV減速」ではない_図表1 出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

      この動きを、消費者が一斉に環境対応を放棄した結果と捉えるのは適切ではありません。実態に近いのは、制約条件を踏まえたうえで、「最も不確実性の小さい電動化」を選び始めている、という解釈です。

      充電インフラの整備が十分とはいえないなか、航続距離や充電時間への不安を抱えずに済み、なおかつ燃費改善の効果を確実に享受できるHEVは、広大な国土と多様な生活圏を持つ米国において、きわめて合理的な選択肢となります。

      実際、2025年時点の乗用車パワートレイン構成をみると、ICEが78.2%、HEVが12.6%、BEVが7.6%、PHEVが1.6%となっており、内燃機関をベースとするパワートレインは全体の92.4%を占めています。

      ここから浮かび上がるのは、米国市場の主流が依然として内燃機関ベースにあるという現実です。その内側で進んでいるのは、「BEVへの一足飛び」ではなく、HEVを軸とした漸進的な電動化である。米国の電動化は、理想よりも実用性を重視する形で、段階的に進んでいるのです。

      ただし、この変化を市場原理だけで説明することはできません。第2次トランプ政権による政策転換が、この流れを大きく後押ししている点を見落とすべきではありません。

      実際にタイムラインを追うと、2025年に入って以降、EPAによる規制緩和、SECによるGHG関連開示規則の擁護断念、さらにはBEV税控除の廃止を含む法の成立など、グリーン産業政策を解体し、保護主義へと舵を切る動きが段階的に進んでいることがわかります。加えて、通商法232条・301条関税の活用、FEOC対応の強化、COINS法などを通じて、中国由来の資材・部材・投資を排除する方向性も一段と鮮明になっています。

      これらの政策は、国内産業の保護、対中依存の低減、雇用確保といった政治的にわかりやすい物語を伴っています。しかし、企業経営の現場からみれば、状況は決して単純ではありません。規制と支援の前提が急速に書き換えられるなかで、投資判断、技術選択、サプライチェーン戦略の不確実性はむしろ高まっており、企業は市場と政策の双方に振り回される構図に置かれているのです。

      【図表2】
      Japanese alt text: 米国自動車市場は「BEV減速」ではない_図表2 出所:KPMG作成

      むしろ企業にとって深刻なのは、連邦レベルでは規制緩和が進む一方で、州法や民間契約のレイヤーでは、厳格なカーボンニュートラル要件が依然として残り続けている点にあります。

      連邦政策をみると、議会審査法(CRA)を用いたカリフォルニア州ACCⅡの無効化によって、ICEやHEVを用いたコンプライアンスは相対的に容易になりつつあります。しかし州レベルでは、カリフォルニアをはじめとする州が訴訟を通じて規制復活の可能性を残しており、政策の最終的な着地点はなお不透明です。さらに、主要OEMの一部は、過去に結ばれた自主的枠組み合意によって、法規制とは別に、厳しい排出削減義務に契約上拘束され続ける可能性もあります。

      この結果、企業は「規制が緩和されたのだからICEに回帰すればよい」と単純に割り切ることもできず、かといって「将来の規制復活を前提にBEVへ全面的に舵を切る」と判断することも難しい状況に置かれています。とりわけ深刻なのは、2027年モデル以降をどの規制基準で開発すべきか、という法的な指針を失いつつある点です。

      その帰結として、ICE系とBEV系の双方を同時に走らせる二重開発・二重投資を迫られるリスクが高まり、資本効率、開発効率、さらには中長期の競争力に構造的な重荷を抱え込む可能性が強まっています。

      【図表3】
      Japanese alt text: 米国自動車市場は「BEV減速」ではない_図表3 出所:KPMG作成

      排出規制をみると、連邦レベルではNHTSAやEPAによる規制緩和が進む一方で、州レベルではCARBのACCⅡや契約上の拘束が残り、企業には異なる商品ポートフォリオの併存が求められています。

      また、生産・調達の面でもねじれは大きくなっています。国内生産には税額控除というインセンティブが用意されていますが、その一方で、銅、グラファイト、電池などの重要資材には高関税が課されており、制度上のメリットが輸入コストの上昇によって相殺されかねない構造になっています。

      サプライチェーンに目を向けると、FEOC、ICTS、COINS法などを通じて中国排除が制度化されつつあります。しかし現実には、LFP、グラファイト、永久磁石といった分野で非中国由来の供給は依然として不足しており、実際の供給能力が政策要請に追いついていない状況です。

      対外戦略でも不確実性は高いといえます。USMCAによる域内分業には合理性があるものの、大統領令による追加関税のリスクがその前提を揺るがしています。結果として、メキシコへの投資が一転して座礁資産化しかねない状況も生じ得ます。

      企業の視点に立てば、推進策と制約策が同時に走り、ある前提を置いた瞬間に、別の制度によって足をすくわれる。今の米国政策環境は、そうした構造的な不安定さを内包しているのです。


      【図表4】
      Japanese alt text: 米国自動車市場は「BEV減速」ではない_図表4 出所:KPMG作成

      さらに重要なのは、BEV市場の将来を左右する充電インフラ整備そのものに、ブレーキがかかり始めている点です。NEVIプログラムは本来、全米の州間高速道路沿いに50マイル間隔で急速充電網を整備する中核政策でした。しかし2025年に入り、一時停止や拠出停止を巡る混乱が生じ、予算配分は見送りとなっています。

      これは、BEVの需要を下支えすべき社会基盤整備が、政策面で不安定化していることを意味します。消費者は車両性能だけでなく、「今後も使い続けられる環境が整うかどうか」を見極めたうえで購買判断を下します。その前提が揺らげば、BEVへの心理的ハードルは一段と高まるでしょう。

      その意味で、インフラ拡充施策の凍結は、BEVに対する消費者心理を冷やし、結果としてHEVへのシフトを後押ししやすい。BEV減速の背景には、車両価格や性能以前に、政策不安定化による「利用環境への不信」が静かに広がっているのです。

      【図表5】
      Japanese alt text: 米国自動車市場は「BEV減速」ではない_図表5 出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

      以上を踏まえると、米国市場で起きている変化は、次のように整理できます。

      第1に、BEVは販売台数ベースで崩壊しているわけではありませんが、シェア拡大の勢いを明確に失っている状況です。

      第2に、その空白を埋めているのはPHEVではなくHEVであり、米国の需要構造は「完全電動化」よりも「現実適用型の電動化」へと重心を移しています。

      第3に、その背景には第2次トランプ政権下での政策転換がありますが、本質は単なる規制緩和ではありません。連邦、州、通商、契約、さらには供給制約が重なり合うことで、制度が多層化・複雑化している点にあります。

      第4に、その結果として企業は、最適な一手を合理的に選ぶこと自体が難しくなり、「選べない状態」に置かれることそのものが、最大の経営リスクになりつつあります。

      この状況が示しているのは、米国自動車市場の主戦場が、「どのパワートレインが勝つか」から、「どの不確実性に耐えられる企業が勝つか」へと移りつつあるという点です。BEVかICEかという二項対立で捉えると、現象の本質を見誤ります。

      本当に問われているのは、制度の一貫性が失われた環境下でも収益を確保できる商品構成、将来の規制復活にも対応できる開発の柔軟性、非中国依存を目指しつつ実需を止めない調達戦略、そして地域ごとに異なる政策環境を吸収できる経営アーキテクチャを構築できるかどうかです。

      米国市場は今、カーボンニュートラルという理想が後退したというよりも、政策の不整合が市場の合理性を上回り始めた局面にあります。その結果としてHEVは伸び、BEVは伸びきれず、企業は二重投資に苦しみます。そこにみえているのは、技術競争の問題以上に、制度設計そのものが生み出す構造的な歪みなのです。

      執筆者

      KPMGコンサルティング
      プリンシパル 轟木 光

      轟木 光

      プリンシパル

      KPMGコンサルティング

      「不確実性下の自動車産業」第2回

      明確な転換点を迎える欧州の自動車政策を読み解き、「インダストリアルディール」へと進化する自動車産業の今後の流れを考察します。

      自動車産業が持続可能な成長と競争力の向上を目指すために必要な情報を提供します。

      CASE、脱炭素化、法規制対応など、自動車業界のあらゆる変革を支援します。


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