深刻さを増す気候変動をはじめ、現代社会には解決の難しい課題が山積しています。こうした社会課題の解決に向け、企業・行政・市民といった多様なステークホルダーが一体となって取り組むための”装置”として期待されるのが、スポーツです。
Jリーグは2025年、サッカークラブの気候アクションを12の指標でスコア化してランキング公表する「Sport Positive Leagues(SPL)」にアジアで初めて参画を決定しました。KPMGコンサルティングは、Jリーグサポーティングパートナー(サステナビリティ領域)として、SPL12項目の日本版評価基準の策定や導入・運用設計を支援しています。
本稿では、Jリーグ全60クラブによる一斉参画の背景や意義、今後の可能性について、キーパーソンへのインタビューをもとに紹介します。
※本取組みに関する動画はこちらからご視聴いただけます。
※本動画は、2026年6月30日にBSテレビ東京にて放送されたものです。
【インタビュイー】
公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
執行役員 サステナビリティ領域担当 辻井 隆行氏
公益財団法人 日本財団
特定事業部 部長 長谷川 隆治氏
Sport Positive
SPL創設者/CEO クレア・プール氏
株式会社セレッソ大阪
代表取締役会長 森島 寛晃氏
KPMGコンサルティング
代表取締役 佐渡 誠
ビジネスイノベーションユニット スポーツストラテジーイノベーションチーム
アソシエイトパートナー 笹木 亮佑
マネジャー 津村 洋太
なぜ、いまスポーツが気候変動に向き合うのか
JリーグがSPL参画を目指すことになった背景には、気候変動の影響が脅威となって確実に迫っているという危機感があります。
日本では熱中症による救急搬送件数が2008年から2024年にかけて4倍以上に増加し※1、Jリーグでは、台風や線状降水帯などによる試合中止が2018年以降、約4.7倍に増えています※2。
Jリーグ執行役員でサステナビリティ領域を統括する辻井隆行氏は、こう話します。
「あるクラブでは、夏のサッカー教室が3ヵ月で65回も中止を余儀なくされました。端的にいうと、このままだとサッカーができなくなる未来が本当にくるのではないかという危機感があります。それを裏付ける客観的な事実が、さまざま見られている状況です」
こうした危機感を背景に、Jリーグでは「気候変動の影響を受ける側」であるだけでなく、「影響を与える側」でもあるという認識のもと、自らのCO2排出量削減と社会への働きかけの双方に取り組む「気候アクション」を推進しています。2023年からは、年間約1,200試合にのぼる全試合の電力を、実質的に再生可能エネルギーに切り替えています。
KPMGコンサルティング(以下、KPMG)は、2024年に気候アクションパートナーに就任。気候アクションを「意識変容」にとどめず、「行動」として定着させ、最終的には「仕組み」へと発展させるロードマップの策定を支援してきました。
気候アクションの一環としてJリーグが取り組んでいるのが、「Sport Positive Leagues(SPL)」への参画です。
Jリーグ 辻井氏
SPLのランキングは、「競争」ではなく「共創」のため
SPLは2019年にイギリスで始まった、サッカークラブの気候アクションを可視化・加速するためのプラットフォームです。2026年現在、イングランドのプレミアリーグ、ドイツのブンデスリーガ、フランスのリーグ・アンなど欧州の4リーグが参画。エネルギー、廃棄物、移動手段、調達など12の領域における各クラブの取組みをスコア化し、ランキング形式で公表しています。
Jリーグは2025年、アジアで初めてこのSPL参画を決めました。SPLの創設者であるクレア・プール氏は、この枠組みの価値をこう語ります。
「SPLのランキングは、順位をつけることを目的としているわけではありません。ベンチマークを見つけ、良い事例を共有し、みんなで前に進むための仕組みです。スポーツの世界では順位表は人を惹きつけるフックになります。大切なのは、まず始めること、そして、少しずつ進化し続けることです。さらには、取組みをファン・サポーターやスポンサー企業と共有することで、クラブへの誇りを高め、社会全体の行動変容につなげることを目指しています」
Sport Positive クレア・プール氏
写真提供:スポーツポジティブサミット2025/Capturise
Jリーグ全60クラブのSPL参画を支える、日本財団の資金助成
特筆すべきは、J1・J2・J3全60クラブによる一斉参画という日本独自のスタイルです。リーグが、評価指標のローカライズから継続的な運用設計までを主導するのは、クラブ単位でSPLに参画することが基本スタイルの欧州リーグでは見られない形式です。
「特に意識したのは、取組みの進んでいるクラブとそうでないクラブの格差を縮めること、そして資金面の支援を用意することでした。各クラブが自分たちの強みや地域とのつながりを活かせる領域を選び、一歩を踏み出せるようにしたかったのです。クラブは地域のステークホルダーと深くつながっています。一方で、リーグは海外の情報や大きな方向性を整理し、共有する役割を担うことができます。リーグが方向性を示し、クラブが地域で実践する。その両方が必要なのです 」(Jリーグ 辻井氏)
資金面のサポートを担った公益財団法人 日本財団 特定事業部部長の長谷川隆治氏は、支援を決めた理由をこう話します。
「スポーツには『人を集める力」があります。社会課題は、専門家やNPOだけでは解決できません。多くの人が関心を持ち、『変えなきゃいけない』と思い、行動が変わって初めて動き出す。スポーツには、そのきっかけをつくる力があります。
Jリーグの動員力と、60クラブが一斉にランキングを競うという本気の姿勢に、社会を動かす起爆剤としての可能性を感じました」
日本財団 長谷川氏
サステナビリティとビジネスを融合する、KPMGの伴走支援
ただ、欧州で先行して展開されてきたSPLの仕組みを、そのまま日本に移植すればいいわけではありません。SPLの日本版評価基準の策定や運用・設計を支援している、KPMGのマネジャー 津村洋太は、ローカライズのポイントについてこう説明します。
「国際基準や客観性を担保するため、基本的には既存のSPLの評価指標や仕組みをベースに設計しています。ただし、日本の実情に合わない部分については、Sport Positiveクレア氏とのミーティングを毎週のように重ねながら必要に応じてカスタマイズを行いました。一例ですが、ごみ処理では、埋め立てが主流の欧州と焼却が一般的な日本とで前提が異なるため、それに合わせて基準を調整しています。さらに、各アクションの目標値についても、既に先行して運用されている本国の基準値をそのまま使うのではなく、参画時期の違いを踏まえ、日本独自の内容に調整しています」
加えて、アソシエイトパートナー 笹木亮佑は、仕組みの実装についてこう話します。
「『実行性』の観点から、実際のアクションを拡張・深化させる主体は各クラブです。そのため、各クラブが本取り組みに主体的に参画しやすい仕組みの構築を重視し、Jリーグ様と共通の視座・目標のもとで推進を図っています。また、全国に展開するクラブチームへの波及も見据え、現場への支援を継続的に実施しており、実態に即したクラブ経営の視点を取り入れることにも注力しています」
KPMGの役割について、辻井氏はこう振り返ります。
「内部だけで議論していると行き詰まることも多いのですが、KPMGが壁打ち相手となり、論点を整理して次のアクションを示してくれたことで、私たちは戦略や方向性を考えることに集中できました。また、欧州と日本の環境基準の突き合わせなど、専門性と確からしさを担保していただいたことも大変助かりました」
一方、KPMGの代表取締役 佐渡誠は、この取組みの持続可能性を高めるにはビジネスとの結びつきが必要だと語ります。
「一定の共通指標によって定量化することで、他クラブや海外とのギャップが見え、次に何をすべきかが見えてきます。外部のステークホルダーを巻き込み、民間企業の参入を促し、サステナビリティをビジネスと結びつけていく。そして、リターンや効果を可視化する。そこまでして初めて、すべてのステークホルダーが一体感をもって社会課題に向き合えると考えています」
KPMG 佐渡
現場から始まるムーブメント ―パートナー企業やファン・サポーターを巻き込むセレッソ大阪の取組み―
各クラブが地域で積み重ねてきた取組みを可視化し、他クラブやパートナー企業、ファン・サポーターと共有することで次のアクションにつなげていく。こうしたSPLの価値を体現している一例が、セレッソ大阪の取組みです。
同クラブの代表取締役会長 森島寛晃氏は、SPL参画についてこう期待を語ります。
「Jリーグ全60クラブが共通の方向性を持って取り組むことで、クラブ単体では届きにくいパートナー企業、ホームタウンの皆さま、ファン・サポーターに対しても発信力が高まり、より大きなムーブメントにつながると考えています」
2025年にサステナビリティポリシー「SAKURA SUSTAINABILITY」を策定したセレッソ大阪は、試合当日にスタジアムで出る食品廃棄物をバイオコンポスター(微生物を活用した生ごみ処理機)でたい肥化し、そのたい肥を近隣の農園で活用する資源循環リサイクルに取り組んでいます。さらに、育った野菜の収穫をファン・サポーターとともに行うなど、環境負荷削減を“体験”へとつなげています。
「SPLで環境アクションが見える化されることで、パートナー企業、ホームタウンの皆さま、ファン・サポーターの方々にセレッソの取組み内容や位置づけを知っていただく機会が生まれます。他のクラブとの比較は、競争というより『互いに高め合う関係』と捉えており、先進事例を積極的に学びながら、当クラブとしてもモデルケースとなる取組みを発信していきたいと思います」(セレッソ大阪 森島氏)
セレッソ大阪 森島氏
スポーツは社会を変える装置になれるのか
スポーツが生み出す価値は、ピッチの内外を越え、社会や経済の領域へと広がり始めています。
Jリーグと各クラブを取り巻くさまざまなステークホルダーや現場の熱量を、持続可能な仕組みに変えていくために、KPMGの佐渡は「スポーツチームの可能性を『週末の興行ビジネス』として捉えるのではなく、『地域の24時間365日価値を生み出すプラットフォーム』として捉え直す必要がある」と指摘します。
「クラブが地域社会のハブとなり、企業や自治体、ファン・サポーターとともに社会課題に取り組む。その活動が、クラブの信頼やブランド、ひいては新たな事業機会にもつながっていくはずです。
SPLの活動も、最終的には各クラブのサステナビリティ活動が経済に組み込まれ、企業や地域も巻き込んだムーブメントになることを目指しています」
SPLをめぐる動きは、スポーツの持つ可能性をより具体的に示しつつあります。
「スポーツには、人をポジティブな感情でつなぐ力があります。ファン・サポーターを巻き込みながらこうした活動を続けていくことで、スポーツ界そのものが『社会を変えるプレーヤー』として認識されていくはずです」(日本財団 長谷川氏)
「フットボールは勝ち負けがありますが、気候変動対策は、突き詰めれば『全員で勝つか、全員で負けるか』の2択です。その点、日本の「みんなで一斉に」というカルチャーは大きな強みになります。完璧を目指すよりも、まず一歩。『いいね』と言って応援してくれる方が増えれば、より長く発展していける仕組みにつながっていくと思います」(Jリーグ 辻井氏)
スポーツは社会を変える装置になれるのか。その問いへの答えは、すでに形になり始めています。
※1 総務省消防庁ウェブサイトより
※2 Jリーグ気候アクションサイトより
左から、KPMG 津村、佐渡、笹木
※本稿に記載されている執筆者の所属・職位等は、公開時点の情報に基づいています。