地政学リスクや自然災害などにより、国際輸送の安定性が揺らいでいます。海上輸送への依存度が高い日本企業には、主要航路の障害を想定し、代替ルートを平時から検証・運用することが求められます。本稿では、国際連携の動向を踏まえ、輸送ルートの多元化に向けた実践のポイントを解説します。
1.海上輸送への依存がもたらす物流リスク
日本の経済活動は、貿易による原材料やエネルギー資源、食料、工業製品などを国際輸送に大きく依存しています。なかでも海上輸送は、安定した企業活動と国民生活を支える基盤です。そのため、主要航路やチョークポイント(要衝)で障害が発生した場合、その影響は広範囲におよびます。
代替ルートへの輸送集中によって、船舶不足、リードタイムの長期化、運賃の高騰などが生じ、物流コストの上昇にとどまらず、原材料や部品の調達、生産計画、製品供給の見直しを迫られる可能性があります。
海上輸送は、航空や鉄道と比べて単位当たりの輸送コストが低く、大量輸送に適しています。この効率性は日本経済を支える強みである一方、他の輸送モードへ短期間で切り替えることが難しいという側面もあります。特定の航路や港湾への依存度が高い輸送体制は、障害発生時の代替余地が限られるという「構造的脆弱性」を抱えています。
近年は、ロシアとウクライナの紛争や中東地域をめぐる情勢変化など、地政学リスクが国際輸送ルートに直接的な影響を及ぼしています。さらに、パナマ運河における渇水による運航制限、各地の港湾ストライキ、発生が懸念される南海トラフ地震など、非軍事的要因によるリスクも無視できません。
国際輸送リスクは、もはや物流部門のみで対応すべき課題ではなく、サプライチェーンの安定性や事業継続性、経済安全保障にもかかわる経営課題として捉える必要があります。
2.国際連携を活用した代替ルートの確保
輸送ルートの多元化は、企業単独の取組みだけで実現できるものではありません。国境をまたぐインフラ整備、規格や運用ルールの調整、資金供給など、政策面での環境整備が不可欠です。各国・地域では、国際輸送の安定性と連結性を高めるための「国際連携イニシアティブ」が進められており、その特徴は大きく3つに整理できます。
(1)制度や規格を共通化する取組み
欧州のTEN-T(Trans-European Transport Network、欧州広域交通ネットワーク)や、インド・中東・欧州を結ぶIMEC(India–Middle East–Europe Economic Corridor、インド・中東・欧州経済回廊)は、インフラ規格や運用ルールの共通化を通じて、異なる地域間の連結性を高める取組みです。
(2)投資の枠組みを整える取組み
G7のPGII(Partnership for Global Infrastructure and Investment、グローバル・インフラ投資パートナーシップ)や日本のFOIP(Free and Open Indo-Pacific、自由で開かれたインド太平洋)は、公的・民間資金を呼び込み、供給網の選択肢を広げるための投資環境を整備するものです。
(3)開発と投資を一体で進める取組み
中国のBRI(Belt and Road Initiative、一帯一路構想)は、対外投資と外交の枠組みを組み合わせ、経済圏と物流網を一体的に形成する点に特徴があります。
これらの枠組みは、企業が新たな輸送ルートを検討する際の前提条件となります。重要なのは、政策動向を把握するだけでなく、自社の調達先や生産拠点、販売市場との関係から、どのルートが現実的な選択肢になり得るかを評価することです。輸送日数やコストに加え、通関、現地インフラ、規制、地政学的な安定性を含めて検討する必要があります。
近年は、従来の海上輸送ルートを補完する選択肢として、中央アジアやカスピ海地域を経由する「中央回廊(Middle Corridor)」への関心も高まっています。こうした新たなルートは、特定航路への依存を低減する可能性を持つ一方、輸送能力、所要日数、コスト、国境をまたぐ運用などの課題もあります。企業には、国際連携の進展を見極めながら、代替ルートとしての実現可能性を具体的に検証する姿勢が求められます。
代替ルートは、計画上の選択肢として用意するだけでは十分ではありません。有事が発生してからはじめて利用しようとしても、輸送日数やコスト、現地の運用ルールが想定と異なり、機能しない場合があります。平時から一定量の貨物を流し、現地の事業者や当局との関係を構築しながら、運用上の課題を把握・改善する「実装の積み重ね」が、ルートの実効性を高めます。
3.代替ルートを実装する3つのステップ
サプライチェーン強靱化の議論では、生産拠点や調達先の分散が中心になりがちです。しかし、調達先を多様化しても、輸送経路が特定の航路や港湾に集中していれば、運航障害の影響を十分に回避することはできません。企業には、バリューチェーンと物流ネットワークの双方を視野に入れ、国際輸送リスクへの対応を経営戦略に組み込むことが求められます。取組みは、次の3つのステップで進めることが有効です。
(1)物流網を可視化し、代替案を設計する
まず、自社の物流業務を可視化し、特定の航路、港湾、輸送事業者への依存状況を把握します。そのうえで、主要航路が利用できなくなった場合の影響を分析し、鉄道、航空、陸送を含む複数の輸送モードから、現実的な代替ルートを調査・比較します。
(2)実証輸送で課題を確認し、判断基準を整える
次に、候補となるルートで実証輸送を行い、輸送日数、コスト、積み替え、通関、現地の運用ルールなどを確認します。検証結果を踏まえて、ルート切り替えの判断基準やBCP発動基準、社内外の役割分担を明確にし、有事に迅速な意思決定ができる体制を整備します。
(3)平時から運用し、継続的に改善する
代替ルートの実効性を確保するには、平時から複数ルートを併用することが重要です。一定量の貨物を継続的に流し、実運用で明らかになった課題を改善するとともに、現地の事業者や当局との関係を維持します。共同輸送などの企業間連携も視野に入れ、環境変化に応じて手順やルート構成を定期的に見直します。
国際輸送をめぐる不確実性が常態化するなか、コストと効率性だけを基準とした物流戦略には限界があります。企業には、海上輸送への高い依存という構造的現実を踏まえ、国際連携の枠組みや新たな輸送インフラの動向を活用しながら、複数の選択肢を持つ物流ネットワークを構築することが求められます。
重要なのは、代替ルートを有事のために保有するのではなく、平時から利用し、その実効性を高めることです。調達先や生産拠点の分散と、実際にモノを運ぶ輸送ルートの多元化を組み合わせることで、サプライチェーン全体のレジリエンスは高まります。企業が自社の物流網を継続的に把握し、複数の選択肢を平時から検証・運用することが、不確実性に柔軟に対応できるサプライチェーンの構築につながります。
執筆・編集
KPMGコンサルティング
プリンシパル 伊勢田 伸