新規事業の成否は、アイデアの良し悪し以上に「進め方の設計」に大きく影響されます。前回の「新規事業の検証プロセス」では、各段階で何を確かめるべきかを「検証プロセス(フィットジャーニー)」として整理しました。しかし、検証の結果が出ても、それを基に「進める・変える・やめる」を決める場と基準がなければ、事業は前に進みません。
本稿では、その判断の仕組みであるステージゲートに焦点を当て、国内外で広く用いられている代表的な考え方を踏まえながら、本業の強みを持つ企業が無理なく取り入れられる設計のポイントを解説します。
1.なぜ今「ステージゲート」が必要か
前回の「新規事業の検証プロセス」では、新規事業が停滞する構造的な課題として、「意思決定が個人の勘に依存しやすい」「収益計画を求める時期が早すぎる」「方向転換・撤退を前向きに選べる基準がない」の3つを挙げました。そして、その処方箋として、顧客の課題から市場適合までを段階的に確かめる検証プロセス(フィットジャーニー)を紹介しました。
ただし、検証プロセスを整えるだけでは十分ではありません。検証は「事実を集める活動」であり、集まった事実を基に次の投資を決めるのは組織の意思決定です。現場で丁寧に顧客の声を集めても、それを受け止める判断の場が曖昧なままだと、次のようなことが起こりがちです。
- 審査会が毎回「引き続き検討する」で終わり、何が揃えば次へ進めるのかが担当者にも見えない
- 判断が会議の場ではなく経営者の一声で決まり、その理由が記録に残らない
- 撤退の判断が先送りされ、人と予算が少しずつ流れ続ける
検証プロセスが「何を確かめるか」を定めるものだとすれば、ステージゲートは「確かめた結果を基に、誰が、どの基準で、次にどれだけの資源を投じるかを決める」ための仕組みです。両者は車の両輪であり、どちらか一方だけでは機能しません。特に、経営者と現場の距離が近い中堅・中小企業では、迅速な判断がしやすいというメリットの一方で、基準が言語化されないまま属人的になるケースもあるため、ゲートの設計がより大きな効果を持ちます。
2.ステージゲートとは何か
ステージゲートは、新規事業や新製品の開発を進めるための管理手法の1つです。開発の過程を、検証や開発の作業を行う「ステージ」と、次へ進むかを判断する「ゲート」に分けて管理します。各ゲートでは、それまでのステージで得られた結果を基に、続けるか、やめるか、次にどれだけの資源を投じるかを決めます。このため、ステージゲートは新たな価値を生み出すための仕組みであると同時に、投資のリスクを管理するための仕組みでもあります。
ステージとゲートの役割
「ステージ」は、担当チームが仮説を検証し、事業の確からしさを高めていく期間です。ここでは現場に裁量を持たせ、あらかじめ決めた期間と予算の範囲で試行錯誤を重ねます。一方「ゲート」は、そのステージで得られた事実を持ち寄り、判断者が次の投資を決める場です。ゲートでの結論は「進む」だけではありません。前進、方向転換、保留、中止のいずれかを選び、あわせて次のステージの予算・人・期間と、次のゲートで確認する事項を決めます。
つまり、ステージゲートは「現場の自由」と「経営の規律」を両立させる仕組みです。ステージのなかでは現場が身軽に動き、ゲートでは経営が責任を持って判断する。この役割分担が明確になることで、現場はその都度の承認に追われることがなくなり、経営は進捗を細かく管理しなくても、要所で判断できるようになります。
検証プロセスとステージゲートの関係
前回紹介した検証プロセス(フィットジャーニー)とステージゲートは、似ているようで役割が異なります。検証プロセスが現場の「確かめ方」を定めるものであるのに対し、ステージゲートは組織の「決め方」を定めるものです。両者の違いを整理すると、表1のとおりです。
【表1:検証プロセスとステージゲートの役割の違い】
ステージゲートがないとどうなるか
ステージゲートがない、あるいは形だけになっている組織では、新規事業は大きく2つの極端な状態に陥りがちです。
1つ目は、「何でも通ってしまう」状態です。判断の基準や場がないため、一度始まった案件は明確な結論が出ないまま続きます。成果が見えないにもかかわらず、担当者の時間と予算が少しずつ使われ続け、「やめられない事業」が社内に残ります。複数の案件が同時に動いていると、限られた人材と予算が薄く広く分散し、本当に有望な案件に十分な資源を投じられなくなります。
2つ目は、「何も通らない」状態です。新規事業のためのゲートがないため、案件は既存事業と同じ予算審議や稟議にかけられます。そこでは、初年度からの売上計画や投資回収年数といった本業の物差しが当てはめられ、顧客の課題を確かめる前の段階で多くの案件が見送られます。前回紹介したメーカーB社の例は、まさにこの状態です。
正反対に見えるこの2つの状態は、どちらも「段階に応じた判断の基準と場がない」という同じ原因から生じています。そして、どちらの状態が続いても、組織には次のような影響が積み重なっていきます。
- 担当者が、何をすれば評価されるのかがわからず、新規事業に手を挙げる人が減っていく
- 中止や見送りの理由が記録に残らず、検証で得た学びが次の案件に引き継がれない
- 経営層が個別の案件の是非に時間を取られ、新規事業全体として何に投資しているのかが見えなくなる
ステージゲートは、この2つの極端な状態の間に、「段階に相応しい厳しさ」で判断する場を設けるものです。初期の段階では身軽に進められるよう基準を緩やかにし、投じる資源が大きくなるにつれて基準を厳しくしていく。この設計によって、有望な芽を摘まずに育てることと、見込みの薄い案件を早めに見極めることの両方が可能になります。
3.KPMGが考えるステージゲートの全体像
KPMGでは、ステージゲートを、前回紹介したフィットジャーニーと「対」になる意思決定の仕組みとして設計することを推奨しています。フィットジャーニーの各段階(MSF→CPF→PSF→SPF→PMF)の出口にゲートを置き、各ゲートで「この段階で何が証明できたか」を確認したうえで、次の段階に投じる資源を決めます。
特徴は、ゲートごとに問う内容が変わることです。前半のゲートでは「顧客が本当に望んでいるか(望ましさ)」を、中盤では「自社が実現できるか(実現性)」を、そして、後半で初めて「採算がとれるか(事業性)」を問います。これは、前回示した検証の順序を、そのまま判断の順序に置き換えたものです。
【表2:フィットジャーニーと対になるステージゲートの全体像】
この表で最も重要なのは、「この段階では求めないもの」の行です。初期のゲートで精緻な売上計画や投資回収年数を求めないと明文化しておくことで、担当者は根拠の乏しい数字づくりではなく、検証そのものに力を注ぐことができます。一方で、G4に至って初めて本格的な収支計画と投資回収の議論を求めることで、拡大段階での規律も確保することができます。収益計画は不要なのではなく、求めるべきゲートが決まっているのです。
また、ゲートを通過するごとに投じる資源を段階的に増やす点も重要です。最初は担当者の時間と少額の予算から始め、妥当性が増すにつれて予算・人員・期間を拡大していきます。本業という守るべき土台を持つ企業にとって、リスクを抑えながら新規事業に挑むための現実的な進め方の1つだといえます。
4.ゲートを機能させる5つの設計原則
ゲートは、置くだけでは機能しません。審査が形式化したり、初期段階の案件に過度に厳しい基準を適用しないために、KPMGは次の5つの原則を重視しています。
原則1:判断の基準を、検証の前に決めておく
各ゲートで「何が揃えば次へ進むか」を、検証を始める前に担当者と判断者の間で合意しておきます。基準を事後に決めると、判断は会議の雰囲気や発言力の強い人の意見に左右されます。事前に決めた基準と、検証で得られた事実を照らし合わせることで、担当者は「誰を説得するか」ではなく「何を示すか」に集中できます。
原則2:ゲートを「報告会」ではなく「投資判断の場」にする
ゲートの結論は、「承認」か「差し戻し」かだけでは不十分です。次の段階に投じる予算、かかわる人、期間、そして次のゲートで確認する事項までを、その場で決めます。進捗を共有するだけの会議を重ねても、判断は変わりません。ゲートを通過させることは、組織として次の投資に責任を持つことだと、参加者全員が認識することが大切です。
原則3:「進む」以外の結論を、正当な選択肢にする
ゲートの結論には、前進(Go)に加えて、方向転換(Pivot)、保留(Hold)、中止(Stop)があります。前提が崩れたなら、顧客や課題、解決策を見直して再検証する。外部環境の変化を待つ必要があるなら、再開の条件を決めて保留する。事業性が見込めないなら、傷が浅いうちに資源を次のテーマへ振り向ける。こうした判断を「失敗」ではなく「学習の成果」として扱うことで、担当者は都合の悪い事実も隠さずに報告できるようになります。
原則4:検証の成果と、担当者個人の評価を切り分ける
プロジェクトの中止が担当者のマイナス評価に直結すると、組織から「やめる判断」が消え、ゲートは機能しなくなります。初期の段階では、売上ではなく「正しく問い、正しく学べたか」を評価します。挑戦したことや、早く正確に見極めたこと自体を評価する仕組みを、あわせて整えておくことが大切です。
原則5:既存事業とは別の判断ルートと予算枠を持つ
新規事業を既存事業と同じ予算審議や稟議の流れに乗せると、どうしても本業と同じ物差しで測られます。新規事業向けに一定の予算枠を確保し、ゲートの判断者に決裁権限を持たせることで、スピード感のある試行錯誤が可能になります。成熟した既存事業と立ち上げ期の新規事業は、それぞれに合った管理の作法で同時に運営することが求められます。
5.中堅・中小企業で無理なく始めるために
ステージゲートというと、大企業向けの重たい制度を想像されるかもしれません。しかし、その本質は「段階に応じた問いと基準で、次の投資を決める」ことにあり、規模の大小を問わず取り入れることができます。むしろ、経営資源に限りがある企業ほど、限られた予算と人材を有望なテーマに集中させる仕組みとして、効果の発揮が期待できます。
まずは、次のような基本的な枠組みから始めることができます。
- 現在動いている新規事業を棚卸しし、それぞれがフィットジャーニーのどの段階にあるかを確認する
- 段階ごとに「判断の問い」「確認する証拠」「この段階では求めないもの」を社内で整理する
- 判断者を経営者1人にせず、予算を持つ役員と事業に詳しいメンバーなど複数名で構成する。必要に応じて社外の視点も加える
- 四半期に1回など、ゲートの開催頻度と新規事業向けの予算枠をあらかじめ決めておく
- 結論・理由・次の予算と担当者・期限を記録し、半年ごとに基準そのものを見直す
ゲートの数も、最初から5つすべてを厳密に運用する必要はありません。まずは「顧客の課題を確かめたか(G1)」と「本格的な拡大投資に進むか(G4)」の2ヵ所から始め、運用に慣れるにつれて段階を細かくしていく方法も有効です。
よくある場面:審査会が「進捗報告会」になっていた食品メーカーD社
地方で業務用食品を製造するD社は、社内公募で集めた新規事業案を毎月の経営会議で審議していた。しかし、会議は担当者の進捗報告が中心で、結論はいつも「引き続き検討」。何が揃えば予算がつくのかがわからないまま、担当者は本業との兼務に疲弊し、提案は年々減っていった。そこでD社は、案件ごとに「次のゲートで確かめること」と「この段階では求めないもの」を整理し、四半期ごとに「進む・変える・やめる」を決める場に切り替えた。半年後、3件の案件のうち1件は有償の試験提供へ進み、1件は対象顧客を変えて再検証、1件は中止となった。中止となった案件で集めた顧客の声は、別の案件に引き継がれている。
※本事例は、想定される課題や取組みのイメージをわかりやすくご紹介するために作成した架空の事例です。
6.まとめ
新規事業における意思決定の質は、個人の判断力だけでなく、判断の仕組みによって大きく左右されます。ステージゲートは、検証プロセスで得られた事実を、組織としての投資判断につなげるための仕組みです。
本稿で述べたポイントは、次の3点に集約されます。
第1に、ゲートの基準を段階ごとに切り替え、「この段階では求めないもの」を明示すること。
第2に、ゲートを報告の場ではなく、次の予算・人・期間を決める投資判断の場にすること。
第3に、方向転換や中止を正当な結論として扱い、そのための評価や予算の仕組みを既存事業と切り分けて用意することです。
まずは、今社内で動いている新規事業を1つ取り上げ、「次のゲートで何が確認できれば、どれだけの資源を投じるか」を関係者で話し合うところから始めてみることをお勧めします。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 戸谷 佐千夫