株式会社 東京商工リサーチ
営業本部 部長
渡部 博史 氏
企業データは、意思決定においてどのような役割を果たすべきなのか。生成AIやスコアリングが意思決定の前提として扱われる場面が増える一方で、予測の不確実性とどう向き合うかが、あらためて問われている。
企業情報提供サービスの専門企業である東京商工リサーチとKPMGアドバイザリーライトハウスが提示するのは、データで未来を「当てにいく」発想だけでなく、企業の現在地を正しく捉えることで、判断そのものを強くするという考え方だ。
企業の現在地は、単なる財務数値だけで決まるものではない。財務情報を揺るがない基準点に据えながら、関係性や時間軸、非財務情報を重ねていくことで、初めて立体的な企業理解が立ち上がる。
企業の変化やリスクは、業績悪化やトラブルといった「結果」として表面化する前に、兆候や違和感としてとらえることができる。
こうした企業理解があるからこそ、アドバイザリーの現場では、単に「何が起きているか」を説明するのではなく、「なぜそう見えるのか」「どこに本質的な論点があるのか」を語ることができる。その結果、仮説設計に深みが生まれ、意思決定に与える示唆の質は一段引き上がる。
本対談では、東京商工リサーチとKPMGアドバイザリーライトハウスが、企業の現在地を捉える情報を軸に連携することで、不確実な時代における意思決定をどう支えられるかを議論する。
- 株式会社 東京商工リサーチ 営業本部 部長 渡部 博史 氏
- 株式会社 KPMGアドバイザリーライトハウス データ戦略部長/ディレクター 中山 政行
「企業の現在地」をどう捉えるかが、難しくなっている
KPMGアドバイザリーライトハウス(ALH):最近、企業を取り巻く環境は本当に複雑になりました。業績や財務指標だけを見ていても、企業の「現在地」を正しく捉えることが難しくなっていると感じます。
東京商工リサーチ(TSR):そうですね。企業を見ていると、「数字としてはまだ大きな問題はないが、立ち位置が少しずつ変わり始めている」と感じるケースが増えています。
ALH:私たちも同じ感覚です。だからこそ今日は、企業の現在地をどう捉えるか、そしてその理解が、意思決定やアドバイザリーの質にどう影響するのかを、一緒に考えたいと思っています。
企業の現在地を測る「基準点」としての財務情報
TSR:企業の現在地を捉えるうえで、まず重要なのは「何を基準点にするか」ですね。
ALH:まさにそこが出発点です。KPMGアドバイザリーライトハウスでは、KPMGの内部向けにCIID(企業情報統合データベース)という構想を進めていますが、その中核には東京商工リサーチから提供を受けている財務情報を据えています。
TSR:あえて財務を「中核」にしている理由は何でしょうか。
ALH:理由はシンプルで、財務は企業の現在地を測るうえで、いまなお最も説明力の高い事実だからです。非財務情報やテキスト情報は重要ですが、それらは文脈次第で解釈が大きく変わる。だからこそ、まずは揺るがない基準点としての財務情報が必要になります。
TSR:財務を「背骨」として据える、ということですね。
ALH:はい。この背骨がしっかりしているからこそ、その上に重ねる情報が意味を持つ。企業理解の出発点として、財務から捉えていくことは重要だと考えています。
企業の現在地は「関係性」で決まる
TSR:企業の現在地を捉える際、当該企業「単体」だけを見ると、どうしても見誤りが起きます。企業は必ず、資本関係や取引関係といった周囲との関係性のなかで存在しているからです。
ALH:企業を点で見るのではなく、関係性のなかで捉える、ということですね。
TSR:そうです。親会社・子会社といった資本関係、販売先・仕入先といった取引関係まで広げて見ることで、どのような関係性のなかにその企業が立っているのかが、初めて見えてきます。
国内では取材に基づく販売先・仕入先情報を、グローバルではグループ関係やサプライチェーンデータを組み合わせることで、自社のサプライチェーン上の脆弱性や、そこから生じうる脅威を「正しく認識できる状態」を作ることができます。
ALH:企業の現在地を、ネットワーク上の位置として捉えるわけですね。
TSR:はい。企業単体では健全に見えても、周囲に大きな歪みがあれば、その影響は必ず及びます。関係性まで含めて見ることで、初めて立体的な企業理解が可能になります。
現在地は「時間軸」で見て、初めて意味を持つ
ALH:もう1つ重要なのが、時間軸ですね。
TSR:おっしゃるとおりです。データや情報は生き物と同じで、現在の姿は過去からの変化の結果です。
例えば、与信判断で利用される評点も、同じ50点であっても、90点から下がってきた50点と、20点から上がってきた50点では、企業の現在地の意味はまったく異なります。
ALH:数字だけを切り取ると、その違いは見えなくなりますね。
TSR:また、社名や住所といった一見シンプルな情報も、長期間変わらずに続いているのか、短期間に何度も変わっているのかで、企業の立ち位置に対する見え方は大きく変わります。
最近では、財務以外の属性情報(Firmographic)の時系列変化(アーカイブ)にも注目が集まっています。
ALH:企業の現在地を「点」ではなく、「軌跡」として捉えるということですね。
TSR:そのとおりです。
「良い企業理解」が、仮説の質を変える
TSR:ここで一歩踏み込みたいのですが、こうした企業理解は、アドバイザリーの現場でどのように効いてくるのでしょうか。
ALH:一番大きいのは、仮説設計の質が変わることです。
企業の現在地が曖昧なままだと、どうしても「何が起きているか」という事象の説明に終始してしまいます。一方で、現在地を多面的に捉えられていると、「なぜそう見えるのか」「次にどこに歪みが出そうか」といった仮説が、自然に立ち上がります。
TSR:つまり、答えを出す前段の思考そのものが変わる。
ALH:そのとおりです。特にアドバイザリーの初期フェーズでは、いきなり結論を示すのではなく、「どこから考えるべきか」「何を論点にすべきか」を設計することが重要になります。良い企業理解があるからこそ、私たちのアドバイザリーは「結論を出すこと」ではなく、経営が考えるべき論点を設計するところから始められます。その結果、意思決定は「正解を選ぶ」行為ではなく、不確実性のなかでも耐えうる判断へと変わっていきます。
株式会社 KPMGアドバイザリーライトハウス
データ戦略部長/ディレクター
中山 政行
正確な「地図」がなければ、現在地は測れない
ALH:ここまで伺っていて感じるのは、企業の現在地を正しく捉えるには、前提としてデータの信頼性が不可欠だということです。
TSR:私たちは約130年にわたり、信用調査を生業としてきました。実地訪問をベースに、その企業が本当に存在するのかを確認し、現場でしか得られない生の情報を収集しています。
企業の現在地を正確に知るためには、正確な地図が必要になるはずです。私たちが収集してきたデータ・情報は、その地図代わりになるものだと考えています。
ここまでの話を聞いていると、私たち東京商工リサーチが企業の現在地を示す「地図」を提供し、KPMGアドバイザリーライトハウスはその地図を使って意思決定を支える、そのような役割分担が見えてきます。
ALH:まさにそのとおりです。東京商工リサーチのデータがあるからこそ、私たちは企業の現在地を前提として、経営として何を問い、どこに手を打つべきかを考えられる。データを集めること自体ではなく、経営の思考が前に進む状態をつくることが、KPMGとしての価値の1つだと考えています。
「説明できること」が、意思決定を強くする
ALH:私たちがアドバイザリーで重視しているのは、不確実な状況でも判断がぶれないように、根拠を言語化できるか、そして関係者の納得につながるかです。
TSR:その点、私たちが提供するリスクスコアについても、なぜその点数になったのかという理由(リーズンコード)を示しています。必要に応じて、信用調査ならではの、さらに踏み込んだ背景情報も提供できます。
ALH:説明責任を果たせること自体が、判断を強くしますね。
TSR:はい。企業情報は、情報を重ねたときに初めて立体化します。その立体的な理解があるからこそ、お客様自身が自信を持って判断し、説明できるようになるのだと思います。
企業の現在地を捉えることが、意思決定を支える
TSR:今日の議論を通じて感じたのは、企業理解の質が、そのまま意思決定の質につながっているということです。
ALH:まさにそうだと思います。企業の現在地を正しく捉えられていれば、未来を無理に言い当てなくても、判断はぶれにくくなります。
意思決定は、情報の「量」よりも、「問いの質」で強くなります。企業情報は、結論を出すためのものではなく、
考え続けるための基盤として使われるべきなのだと思います。
TSR:不確実な時代だからこそ、「いま、どこに立っているのか」を問い続ける姿勢が重要ですね。
ALH:はい。その問いに向き合い続けること、そして問い続けられる状態をクライアントとともにつくること。それこそが、東京商工リサーチのデータとKPMGのアドバイザリーが組み合わさることで、初めて実現できる価値なのだと考えています。